2011 亀戸七福神 

まずは1日に箱根湯本温泉の日帰り温泉「天山湯治郷」に出かけてきました。
何年か前にも行った事があり、今回で2回目
2日目は、亀戸七福神めぐりです。

元 日
元日は朝千葉を出発したときには曇っていたのに
途中から快晴。
富士山もよく見えています。
撮影ポイントは、昨年「箱根旧街道」の時と同じ場所です。
「暁亭」に隣接している箱根ベーカリー
の販売店でお土産を先に買って
すぐ隣の箱根観音を見学してみました。
ここが、「天山湯治郷」の入り口です。
元日からとても混んでいました。


前回来た時にも、初詣した「報徳二宮神社」で
今年も初詣することにしました。

 明治27年、二宮尊徳の教えを慕う6カ国(伊勢、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の
報徳社の総意により、生誕地である小田原の、小田原城二の丸小峰曲輪の
一角に神社が創建されています。


手洗舎で手を清めました。


御社殿まで、約30分並びましたが
帰る時には、更に参列は長くなっていました。
お守りは、もう決めてあります。


それは、火防護摩木です。
二宮尊徳は火の用心のため、鍋炭を買い上げたそうです。
このお釜に付いた炭は御神前に捧げる大鏡餅を炊き上げた時付いたものです。
この炭を護摩木につけます。
 薪を背負って歩きながら本を読む"金次郎の姿が
初めて登場したのは幸田露伴の『二宮尊徳翁』
という本の挿絵でした。

お払い箱・・・そうだったのか


小田原で明日スタートする箱根駅伝の放送基地の準備が行われていました。

2日目
亀戸七福神

左はJR亀戸駅 駅広からスカイツリーが望めます。
昨年の隅田川七福神と同様、徐々にスカイツリーに近づいていくコースです。


常光寺です。
創建の歴史は不明ですが 天正年間、疫病流行のとき、
織田信長の使者が流鏑馬を献じたところ、
たちまちにおさまったといわれ、
 現在でも子供の歩射が行われています。
ちょっと風変わりな、像がありました。
インドとかジャワ系のお顔をしています。



常光寺に祭られているのは寿老人
参拝を終え、道に出ると
スカイツリーがこのように見えていました。


全てではありませんが、
このような道案内が出ています。
目指すは、弁財天
弁財天が祭られている、東覚寺に着きました。


ガラスの反射でよく写っていませんが
現物は良く見ることができます。
境内から覗くスカイツリー


続いて訪れたのは、香取神社です。
香取神社には、大黒天と恵比寿神の二体が一緒に祭られています。
スポーツの勝ち運の神様として有名です。


本殿の脇でいい物を発見!


この亀井戸の井戸の水で自分の痛い部位をたわしでさすると
治るそうです。


さっそく、二人で摩っておきました。
最近二人とも肩こり
さらに僕は左足


亀戸大根は有名です。
色紙に朱印を押してもらいました。 江戸時代に亀戸神社から
両国まで宝船を担いでいった祭事があったそうです。


10分も歩くと、普門院に到着しました。
元和2年(1616)に現在地に移りました。その時、過って梵鐘を隅田川に沈め、
鐘ヶ淵(墨田区)の地名の由来になったといわれています


毘沙門天が祭られています。
この奥で色紙を押してもらえれます。
唯一、墨と筆で書いてもらえました。


天祖神社です。
応永2年(1395)に僧良傳が、龍眼寺と共に創建したと伝えられます。
境内社の太郎稲荷神社は、筑後立花家下屋敷にあった、
立花家の守護神を江戸時代に移したもので、樋口一葉の「たけくらべ」にも出てくる神社です。


福禄寿が祭られています。



亀戸七福神の最後龍眼寺は、応永2年(1396)良博大和尚が
柳源寺と号して創建したと伝えられます。
境内の萩は江戸時代から著名で、萩寺と称されていました。



この石碑の謂れを読んだのですが
忘れてしまいました。
見ざる言わざる聞かざるのような・・・
スカイツリーに700mまで近づきましたが
今回は下までは行きません。


これで七福神めぐりの色紙が完成しました。
完成した色紙です。


七福神めぐりを終えて、亀戸天神社に廻ってみました。
ものすごい人出のため、参拝はあきらめました。

鷽かい神事にはこれまで2回来たことがあります。
とりあえず、神牛に触れてきました。病を治し、知恵を与えてくれます。
ホームへ