2010 千寿七福神回ってきました。

2010.1.2

始めて降りた北千住駅です。
想像していたより、とても大きくて町も賑わっていました。
ホームページで調べておいたとおりに
最初の訪問先「長円寺」に着きました。
しかし、誰もいないじゃないの??変だ!

お寺の方に聞いたところ、七福神は変更されていて
今は、別のお寺になっていたのでした。
この長円寺は、子育て地蔵や目やみ地蔵、魚籃観音、
大理石の石塊乳泉石が有名です。
「め」と書いた絵馬??が並んでいました。


気を取り戻して、歩くこと10分ほど
新たに七福神に仲間入りした
千住(本)氷川神社にやってきました。
大黒天が奉られています。
ついでといっては何ですが、稲荷神社にもご挨拶

輪ぐりがありました。
左回り、右回り


僕も、ちゃんと回りました。
僕たちを見ていて、他の参拝者も
後を続いて周り始めていました。
千住氷川神社で、色紙を購入
無料でもらえるスタンプ台紙もいただきました。


次の大川町氷川神社に向かう途中に
「飴屋」さんを見つけました。
量り売りです。
次に現われのが、このお城のような銭湯です。
お正月は、昼間の営業らしく、お客さんが
ずいぶんいる様子です。


荒川の土手の近くに大川氷川神社がありました。
鎌倉時代の永仁年間(1293年)の創建で
氷川、稲荷、浅間の三社からなり
安養院がその別当寺でした


境内には、富士山の溶岩で築いたミニ富士山が
そびえたっています。
唐辛子が登頂成功!


石でできた重そうな布袋尊です。


土手を登って、荒川を眺めてみました。
凧があがっています。
お正月だなぁ〜


元宿神社に向かっていると、また銭湯がありました。
並んでいる自転車を見ても、大盛況のようですね。


元宿神社にたどり着きました。寿老神が奉られています。
元宿は千住で最初に開拓された土地と言われ、
その千住耕地の鬼門にあたる場所に鎮守社を奉ったのが始まりと言われています。


千住神社までがこの七福神めぐりのコースでは
一番距離が離れて2km位ありました。


千住(千寿)に集落が形成され始めた延長4年(926年)に建立
千住が日光街道の第一宿となり、その西方にあることから西の森とも言われた。
明治6年には稲荷神社と氷川神社を合祀し、西森神社と名を改めて、
大正4年12月15日、千住神社と改めた。(Wikipedia)


恵比寿天です。
3回ぐるぐる回転させ、白いハンカチで決められた場所をさすると
願い事がかないます。

これで4箇所の朱印を押し終えました。残るは3箇所


境内に獅子舞がいまして、頭を噛んでもらうと
一年間無病息災に過ごせます。
「パク!」


また、銭湯を見つけました。
千住界隈は銭湯が多いことで有名だと言うことを後で知りました。


少し歩くと、八幡神社があります。
八幡太郎源義家が永承5年(1050)に千住に滞陣したとき本陣を
二つ森(現千住神社)において、この地に源氏の白幡をたてたと言われます。(Wikipedia)


奉られているのは毘沙門天です。


八幡神社からまた少し歩くと、福禄寿の稲荷神社です。
神様は食物の神・商売繁盛の神・出世の神さまで千住市場の守護神です。
「ナニコレ珍百景」という番組に出た「木になるたまご」の
ヒマラヤ杉がありその松ぼっくりを欲しい方はどうぞと神社の
奥さんが説明しながら並べてました。白い松ぼっくりが並んだ
時は本当に木に卵が載っているように見えるそうです。

白→緑→ベージュ→茶と色が変わり最後にこんな薔薇の形の
松ぼっくりが落ちるそうです。今年のクリスマスツリーの飾りに
色を塗って付け様かな!


福禄寿です。


千住河原町はかつて「やっちゃ場」とよばれた青物市場で、
戦前には旧日光街道沿いに多くの青物問屋が軒を連ね、
活気あふれる問屋街でした。


河原町の旧日光街道沿いの商店には、町の記憶を留めるためにか、
やっちゃ場時代の屋号を墨で書いた看板が掲げられています。

その一部を、ご覧ください。


七福神めぐりの最後は、弁財天を祭ってあります、氷川神社です。これで3つ目の氷川神社??
延喜年間(901〜23年)に今より南東の牛田寄の元宮という所に祀りました。
元和二年(1616年)に現在地に遷座し、千住掃部宿の氏神です。

ここにも輪くぐりがありましたけど、周るものではなさそうです。


洞窟に入っている弁才天です。


日比谷線は地下鉄というイメージがありますが、
千住付近は高架です。
このトンネルから地下に潜り込むのです。
先頭車両に乗って激写!
銀座で遅い昼食を取って、東京駅に向かいました。
東京国際フォーラムの脇のイルミネーションが輝いていました。

千住七福神の色紙です。
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